すいの読書ノート

読書ノート、感想置き場

チーズはどこへ消えた? 感想 追記した

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チーズステーションにて


チーズはどこへ消えた?』 スペンサー・ジョンソン

 

ビジネス書の入門として有名な本。名前は色々なところで聞いたことがあった。

この本を読んでの感想は人によって様々だと思う。単純だからこそ考えられることが多い。

 

ざっくりと解説すると、チーズが迷路から消えてしまった時にどうするかについてのお話。二匹のネズミは単純に新しいチーズを探しに行った。二人の小人の片方はチーズが消えた原因を探そうとし、もう片方は不安から迷路へ進めなかった。結果としては不安を乗り越えて新しい迷路へ進んだらチーズが見つかった。つまり不安を恐れず挑戦する必要があるということ。

 

 

この話を読んで思ったことは、最初はチーズがなくなった場所でチーズを探すことをしていたヘムが間違っていると思った。しかし段々とホーもそこまで良い存在ではないのではないかと思い始めた。よく考えるとホーは最初流されるように見えてヘムに決断を任せている。自分の不安を他人に任せている。だからこそ不安を感じたのかもしれない。その時ヘムは自信を持ってチーズを探していた。ヘムにはその時不安は感じていなかったように感じられる。少なくとも自分がヘムだと思う人はその時点ですでにホーなのだと思う。

私が感じたことは結局最後には自分の決断を信じることが必要だということ。

 

この話の中で私たちは誰もがホーの様だと感じ、チーズを探しに行かなければいけないと思う。そしてスニッフとスカリーのように行動することが正しいと思う。ただ結局ヘムにも(少しは)いいところはあったし、スニッフとスカリーにも悪い点はある。一概にこうなるべきとは言えないと感じた。

ただどうしようもないまさに迷路にいる時はこの話から学べることは多くあると思う。時として単純に考えることはとても重要になっている。

 

でも自分にとってのチーズは何だろうと疑問に思った。お金も社会的地位もブリーやカマンベールのように種類があるだけで同じチーズなのだろうか?

 結局はチーズを求めるために挑戦するしか見つける道はないのだからやるしかない。

幸い今のところ私はチーズを見つけるために進んでいると思っているが、常に新たなチーズを見つけていけるようにしたい。カマンベールと見つけたから満足ではなく、新たなモッツアレラのようにもっと好きな味を見つけられるかもしれないから。

 

 

追記 4月1日

隙間時間やふとした時間に感想や思ったことをつらつらと考えていた。時間をおいて考えてみて、私はホーやネズミだと自己認識しているのだと気づいた。そのため逆にヘムに憧れがある。自分の行動に疑問を持たずに決意で行動する。私はヘムの要素が必要なのだと思う。

ネズミの行動は単純で、チーズがなければ違うところを、それまでと同様に探すために行動する。一見してチーズを見つけられるならばいいかもしれないが、反対に行動パターンが変わってないともいえるのではないかと思う。まあネズミはネズミなので私達が人からネズミになる必要はない。しかし何事も学ぶことはある。それがチーズの変化に気づくこと、チーズを見つけるまでの行動をまたできること。

反対に小人の行動は変化に気づかず、理屈をこねくり回してその場にとどまっている。おそらく私も小人である。そして片方の小人は迷路に飛び出し、片方は残った。この時にヘムに憧れるところは自分の判断に自信を持っていること。私は常に自分の行動に疑問を持っているし、不安しか抱えていない。チーズを見つけるためにはその自信は過剰であったと思うが、この自信にホーは納得した。誇張表現かもしれないが、カリスマ性を持っているともいえる。このカリスマ性が少し羨ましい。登場している人物の学びたいところを少しづつ自分に落とし込んでいけるようになりたい。

十角館の殺人 ネタバレあり 感想

十角館の殺人

 

推理ものとして有名な小説。最初に知ったきっかけは覚えていないが、ずっとミステリー界隈では有名な本なんだと思っていた。最初に読んだのはもう7年ほど前だった気がする。当時はそこまで衝撃を感じた記憶がない。おそらく流し読み、みたいなことをしたからだと思う。ミステリーを読むようになってどれだけ有名な小説なのか改めて思い知った。電子書籍で読むようになってミステリーおすすめまとめみたいなものに載っていたため、もう一度しっかり読もうと思って買った。読み終わって、何であの時流し読みをしてしまったのか悔やんだ。あの一言の衝撃をしっかりと感じたかった。

 

あらすじ?

角島の十角館を訪れた6人の大学生。一人ずつ殺されていく。果たして犯人は誰なのか

 

 

この作品は十角館が建っている角島と本土での両場面で話が進んでいく。

ここで思い出したが、6人の大学生は推理研に所属しそれぞれ有名なミステリー作家の名前をあだ名として用いてる。本土の二人の大学生もミステリー作家の名前になっている。江南と守須だどちらもコナンとモーリスと読める。ここがミスリードなのだが、江南君は実際にニックネームがコナンである。単なるミスリードともいえるが、こういったこだわりが好きだ。

 

あの一言は衝撃だった。一人ずつ死んでいくというのは『そして誰もいなくなった』のオマージュだと思うが、この作品を先に読んでいる人は死んでしまった中に犯人がいるのではないかと思う。それもまたミスリードなのであるが。島サイドではなんだか知らないうちに一人ずつ死んでいく。反対に本土サイドでは謎がひとつづつ明らかになっていく。この対比がドキドキする。ただの大学生の旅行だと思っていたものが、島にも秘密があり、サークルメンバーの過去も明らかになる。

 

途中で守須の思考もわかるので江南君と同じなんだと安心してしまえる。そして騙される。最後まで読んで江南君が何も知らずにいて可哀想だった。

犯人も最初の文から運を天に任せて、瓶を流したのが自分に返ってくるところは良かった。これが刑事や江南君が拾って逮捕されて終わりではなく、薄々逮捕されるのだろうとわかりながらもその場面が明示されていないことで余韻を感じられてよかった。

 

最初から最後まで一直線にラストまで読んでしまえる作品だった。

 

ハサミ男 ネタバレあり 感想

ハサミ男

 

ミステリー界隈では有名な小説。

タイトル自体は聞いたことがあったが、有名すぎて読むことに躊躇していた作品だった。

今回アップルブックのミステリーおすすめにまとめられていたので、これも何かの縁だと思い、買った。

 

元々叙述トリックで有名な作品。当然そこら中に伏線が張り巡らされていると思って読み始めた。だが早々にトリックに気づいた。以前同じトリックを使った作品を読んだことがあったので、「なんとなーくこうかな」と思って読み進めた。トリックがわかっていると伏線らしき部分も見えてきた。ただ文章が上手すぎてトリックには察しがついていながら、本当に自分の考えがあっているか不安になる部分が多かった。

 

同じトリックが使われている作品は、タイトルも何となくオマージュを感じられるような、それは考えすぎなようなタイトルなので、もしかしたらリスペクトしているのかもしれない。先にこっちを読んでいればいい感じに衝撃を感じられたと思うので残念に思う。しかし同じトリックの作品の衝撃が薄れてしまっていたかもしれないので複雑。

 

 

ネタバレ

トリックを最初からぶちまけているので注意

 

 

 

 

犯人は女性だが、叙述たる所以は途中まで男性が犯人だと思わせている部分。最初におや?と思った部分は目撃者が二人とわかった時。それまでは騙されるまま男性だと思っていた。叙述トリックとわかっていて一人称を信用することができないと思っていたのでそこから疑問に思った。わかっていると文中で頻繁に出てくる部分の「でぶ」はおそらく思い込んでいるだけではないかと思えた。それを明示するように明らかに犯人の妄想である医者が存在している。

犯人が自分自身に対しての「デブ」だと思っている思い込みがすんなりと受け入れられるのは、医者の存在があるからだと思う。あんなにはっきりした妄想の医者の存在より、太っていると思い込んでいる方が理解しやすいから。よくよく考えると作中では食事をしている場面よりも吐いている場面のほうが多いので、その部分に注目すると太っていることに疑問を覚えるかもしれない。

この作品の文章が上手いと思う部分は、医者が地の文にそのまま出てきて場面の説明もなく会話が始まっているところ。ここは妄想に過ぎないのだが、場面を詳しく解説していないことでより犯人の心境や考えに近づけている気がする。

 

 

トリックがわかると途中途中出てくる場面が「女性だからか!」と思える部分が多かった。

 

犯人が記者として話を聞いた際に「生意気な口調」といわれているのも女性なのに男っぽい話し方をしているから。被害者の友人と母親が気軽に会ってくれたのも同じ女性同士だからだと思える。ミスリードされるまま主人公が太っただと思っていると、ここで疑問に思う人もいるかもしれない。

 

肝心のトリックには気づけたが肝心の真犯人には至れなかった。小説に出てくるイケメンはあやしいことをすっかり忘れていた。若くてイケメンでエリートは大体犯人。

しかし刑事目線と犯人目線の情報の差も楽しかった。どちらの場面でも読者として知っている情報があるので「知ってるのに」と歯がゆく思え、楽しかった。

最後にハサミ男が真犯人に飛び込んで行く部分も、散々自殺しようとしている場面があったため突飛な行動には思えないことも伏線の張り方に感動した。

結局犯人は捕まらなかったが改心して終わり、ではなく本人も思わないうちに殺人衝動が抑えられない部分もいい終わり方だと思う。

 

 

 

 

 

叙述トリックはネタを知ってしまったら楽しみが半減するともいわれているらしいが、この作品はトリックがわかっても隅から隅まで楽しかった。面白かった理由は叙述トリックだけで終わっていない部分だと思う。刑事目線と犯人目線、犯人が一人だけではないことなど、この要素だけでもう一冊かけてしまえるくらい盛り込んでいるため面白い。読んだ後は誰にでも進めたくなってしまう。

ここで気づいたのだが、むしろ最初に犯人が女性だと気づかせようとしてるのかもしれない。わかった気になって慢心して読み進め、真犯人で衝撃を与える…考えすぎかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

儚い羊たちの祝宴 ネタバレ/感想

このブログはネタバレや解説を目的としているわけではないのでその辺は省いて私の感想だけを垂れ流すブログである。

 

儚い羊たちの祝宴

 

元々氷菓をアニメで見て、気になって原作小説を買った時に米澤穂信作品と初めて出会った。氷菓はアニメの雰囲気ももちろん好きだったが、小説ならではの解釈の余地がある部分がしっくりときて大好きな一冊である。

 

ミステリーの面白い本を探している中でいろんなサイトで進められていたのが『儚い羊たちの祝宴』だった。短編ということもあり本当にラストですっきりするのか疑いながら読んでいったら面白いほどすっきりした。「オチ」が考察の余地がある作品も綺麗に落ちる作品も両方好きな人間なので、ラストが気持ちよくはまっているこの作品も好きであった。

 

身内に不幸がありまして

 村里夕日という使用人の手記から始まる作品である。この話で好きな部分は夕日が使用人という立場に誇りをもち、使えている丹山吹子お嬢様にも敬愛の念を抱いている部分である。しかしこの場面があることによって後半への衝撃のフラグが立っている、ともいえる部分である。純粋に慕っている夕日が可愛かった。ミステリーなので夕日が憎しみを抱いているんじゃないかと邪推もしていた分、反動で可愛く思えた。人が死ぬ作品の中で純粋に使用人が主人に対して敬愛している場面は少ない気がしているので新鮮さも感じた。最後の吹子の述懐は衝撃があった。特に夕日に共感している人はより大きな衝撃を感じると思う。夕日の感情を切り離して吹子に対してずっと懐疑的に思っている人は納得の展開だと思わなくもない。短編でもあり登場人物が少ないため、何となく吹子お嬢様何かあるんじゃないかと勘繰りつつ読むことができるが、夕日の思いに対して吹子は思うことが少なくかわいそうになった。吹子も夕日に対して少しは愛しく思う場面もあるのだが、夕日の抱いている想いと比べるとあまりに薄い気がする。この作品の衝撃は前半の夕日からお嬢様への敬愛が裏切られる場面と最後の一言であるタイトルの意味が分かった時である。ここでも夕日の感情に対して、こんな軽い気持ちでやったのかという対比的な衝撃だと思う。これが夕日の手記なく吹子の述懐のみであったらうまいタイトル回収の話だと思うだけの作品になっていたと思う。

 最後にこの話で悔しく思う部分は秘密の本棚の本の共通点に気づかなかったことである。読書が好きな人に対して悔しく思わせると同時に「もっとしっかり読んで次は気づくぜ!!」と思わせる、うまく煽ってる部分だと思う。この作品は元々別々で掲載されていたらしいのだがこの悔しさによって作者の他の作品が読みたくなる恐ろしい技術だと思う。この悔しさが本好きの人が没頭する理由の一端だと読み返して気づいた。

 

北の館の罪人

 内名あまりという少女が主人公である。莫大な財産を持っている六綱家の妾の子である。母親が死んで尋ねなさいと言われた六綱の家を訪ねる。そこでお金より住むところを選んだあまりは北の館に幽閉されている早太郎の身の回りの世話をすることになった。最初に読んだときに「あまり」という名前は名は体を表し過ぎていないかと思った。誰が名をつけたのか、キラキラネームより悲しい。キラキラネームは親の期待や嬉しさが込められている分マシではないかと思うくらいひどい。長女だったり一人っ子なら何かしら良い意味が込められているかもしれない期待があるが、妾の子なら良い意味など期待できそうにない。あまりを育てることに一生を費やしたという描写からそれなりに愛されていたのではないかと解釈したが、母親は本当にこの名前で満足だったのか謎に感じる。しかし私が寡聞なだけで結構よくある名前なのかもしれない。

それなりに住むところに満足しているあまりは早太郎からお使いをたのまれ色々買いに行く。色々あって六綱の家の事情や早太郎が絵を描いていることを知る。六綱家の事情はミステリーや犯罪捜査物が好きな私にとってはよくある話のように感じた。現実ではよくあることは決してないのだが、ミステリーや犯罪捜査物ではよくある。途中途中結構いい待遇受けているなと思っていたら本家の子である詠子がちょっと嫌味を言ってきた。しかし母親が死んでいることを知るとすぐに謝ってきた。可愛い。この話の中で一番好きな人物が詠子だ。可愛い。また色々あって早太郎が死ぬ。その後早太郎が描いていた絵が家族の絵だったことがわかる。特殊な技法を使っており時間経過によって色が変わるらしい。ここからこの話の衝撃部分が始まる。何とあまりが早太郎を殺したのだ。いい待遇だったじゃんと思わなくもないがもっとお金が欲しかったらしい。更に地位から逃げ出す人間が嫌いだという理由もあった。あまりの話には確かにと思う部分もあるが共感はできなかった。早太郎目線になるが光次郎は社長に満足していそうだったし、早太郎は絵が描ければよかった。詠子は死んだと思っていた兄が生きていた。あまりは遺産をもらってハッピーではいけなかったのか。ミステリーである以上できないとは思うが少しあまりが強欲に感じた。あと端々にいる詠子が可愛い。兄が死んでもっと会いに行けばよかったと思う部分は本当はいい子なんだろうなと感じる部分だった。

 早太郎が殺した人物を知っている部分は人によって怖く感じる部分でもあると思うが、私は受け入れているのだと感じ悲しくなった。あの絵はあまりへの当てつけなのか、特に意味があるわけではないのか。早太郎は表面上はいい人に見えるがあまりのように暗い感情を内に秘めていたのか。少なくとも少し突飛だと感じた発言がいい伏線になっていたし、平凡な言葉ではなかったので思い出しやすい場面だった。この話はあまりが感じた衝撃を読者も同じように感じる話だと思う。あまりの地の文から読者は裏切られたように感じた上で早太郎のダイイングメッセージのような絵が見つかり、二重の衝撃がある。あまりの豹変からこれが衝撃なんだと安心していたところを更に殴られた感じがする衝撃で楽しい。このまだあったのか!を感じるためにミステリーを読んでいる気がしなくもない。

 

山荘秘聞

 山中にある飛鶏館を管理している屋島守子が主人公である。前に雇われていた家の資金不足によって、今の館を管理する仕事をするようになったが客が来ないという悩みを抱えている。調べたところによると主人の妻が無くなり、館は妻のために建てたものだという。そのために妻を思い出す館に来ることが減ったのではないかと考えられていた。この作品は何ともまだ裏があるのではないかと思っている作品でもある。端的に内容についてまとめると、客が来ないことにしびれを切らした守子が遭難者を救出した際にそのことを話すことなく救助隊をお世話するのである。その上で真実に気づいた手伝いの子と遭難者に「レンガのような塊」を渡して黙っていていてもらうのである。この作品は異様にすっきりし過ぎているためもっと何かあるのではないかと思わずにはいられない。館のことも本当に妻のことが真実であるかははっきりしていないように感じる。考えすぎのような気もするが、考えすぎを考えるのも読書の楽しい部分であると思うので考える。前の二作と比べると衝撃が一回だけのような気もする。なので気づいていない衝撃がまだ残っていると思っているのだがわからない。なので感想もまだある気がするのに!というものになってしまう。もし何か分かった部分があったら誰か教えてほしい。

 

玉野五十鈴の誉

 また主人公がお嬢さまに戻った。小栗純香が主人公である。小栗家は彼女の祖母に支配されており純香も逆らうことはできずに親しい者を失ったが、玉野五十鈴という使用人をつけられ彼女といることによって勇気をもらったと感じた。しかし父親の親類によって純香はその地位を失い死の淵をさまよった。その後祖母が死んだことによって救出された。

 五十鈴が交換した本について「身内に不幸がありまして」と同じように何か意味があるのではないかと思うが私の頭ではわからなかった。また別のブログでしっかりと解釈してみたいと思う部分である。この話の肝は本当に五十鈴が弟を殺したのか、にあると思う。純香から見た五十鈴は新しい世界を見せてくれる友達のような存在。使用人から見た五十鈴は言われたことしかできない娘。どちらが本当の五十鈴なのか彼女が選んだ本からわかるのではないかと思うが一回読んだだけでは知識不足でわからなかった。

個人的には五十鈴が純香を救ったと信じたいが、そうなると五十鈴が罪を犯してしまうことになるので太白はかわいそうだが事故だと思いたい。

 この話は一貫して純香の視点から語られるので五十鈴の本心は最後まで分からない。父親に頼まれたから純香と友達のようになったのか、それとも本当に五十鈴が本心からあの態度であったのか。どちらともとれるが、タイトルにもある玉野五十鈴の誉は純香が思っていることなのだ。そこが最後に悲しく感じる部分だと思った。私は最後の場面に悲しさを感じた。純香が五十鈴が叶えてくれたのだと信じ切っていることなのか、五十鈴が本当に純香のために殺人まで犯すことになったからなのか。どちらかというと五十鈴を疑っていた純香が最後に信じるようになった場面が現実を見ることなく妄想を信じているように感じたからなのだと思う。

 

儚い羊たちの晩餐

 バベルの会はこうして消滅した から始まる。これまでの物語の端々に出てきたバベルの会。丹山吹子はこの読書会に行きたくないがために殺人を犯し、六綱詠子が所属し、屋島守子のかつて仕えた家のお嬢さまが所属し、小栗純香が所属していたバベルの会である。このバベルの会の会費を払えずに除名された大寺鞠絵の日記を追う形式である。大寺家が廚娘を雇うシーンもある。この話ではっきりするのがバベルの会はただの読書会ではなく夢想家たちの集まりであり、物語的な膜を通して現実と向き合う人の集まりである。このシーンで「玉野五十鈴の誉」で最後に悲しさを感じた理由が何となく理解した気がする。鞠絵は実際家であるために脱退することとなった。つまり幻想と現実の区別がつかない者が所属する団体だったのだ。なぜ鞠絵が変わっていったのかについて色々と解釈はあると思うが、私は祖父が父親に殺されたことを受け入れられなかったのではないかと思った。ただの物語が離れなくなったことからバベルの会に所属するにふさわしい人へと変わっていたのではないかと思う。アミルスタン羊について最初に読んだときにはわからなかったが、物語の流れで何となく察し、ザクロで確信に変わった。ずいぶんわかりやすく書いてくれるのですぐに人肉だとわかる。鞠絵はバベルの会の人々を食べようとしている。なぜ鞠絵はバベルの会の人々を食べようと思ったのか。少なくともバベルの会に対して、父親の犯行を知った後では所属するにふさわしいと思っていることが伝わる。退会させられた意趣返しのようなものなのか。バベルの会と大寺家にふさわしい人間になりたかった鞠絵は慣れたのだろうか。やはり祖父が亡くなったことを受け入れられない心とバベルの会から追放された恨みのようなものがあったのではないかと思う。最後になぜ唇の蒸し物なのか。唇、口は色々と纏わる言葉がある。その中のどれかに掛かっているのではないかと思う。

 

大寺鞠絵の手記を読んだものはまたバベルの会を復活させ同じような物語が始まるのではないかと思う。

 

 

儚い羊たちの祝宴 儚い羊たちはバベルの会に所属している人。祝宴は読書会を指し、そのままバベルの会を指しているのだと思う。バベルの会と書いて儚い羊たちの祝宴とルビを振っているようなものだと思う。私がこの作品を好きな理由はそれぞれ物語として完成していながら最後に一つにまとまる感じが気持ちよいからである。一冊の本で5冊読んだかのような満足感がある。とてもよかった。

電子書籍のメリット/デメリット 個人の感想

 

最近電子書籍で小説を読んでいる。電子書籍を買う前はメリットは何なのか気になって中々一歩を踏み出すことができなかったので誰かの背中を押すきっかけになればと思って書こうと思う。自分も他の人の買ってみた感想なども色々見て買ってみたので、自分が使ってみた正直な感想を書く。

 

※すべて個人の感想なので、他の人の意見も参照することをお勧めします。私が主に使っているデバイススマホなので、スマホ電子書籍を読んでいる人の感想になります。

 

 

電子書籍に変えようと思ったきっかけ

 本から離れていることが増えて意識的に読書時間を増やそうと思ったが、満員電車の中では満足に本を読むことができなかったから。

 家で読むだけでもいいが空いている時間だと感じる電車の中での時間を有効に使いたかった。

 

買っている場所はアイホンiBooksアイホンを買ったときに最初から入っているオレンジ色の本を開いた形をしているアプリ)。kindleも有名で迷った。しかしkindleの端末は持っていないので、スマホで買う時にいちいちウェブサイトに移動するのが面倒くさかったのでkindleでは買っていない。(何冊かは買った)あとアイホンの設定で変えられるダークモードのデザインが好みだった。ミステリーが好きなので黒い背景に表紙が浮かんでいる感じがかっこよく見える、気がする。

 

 

電子書籍でよかったこと(メリット)

 電車の中でも本が読める。立っていても座っていても読める。つり革や手すりにつかまりながらでも読める。

 空いた時間が5分でもスマホを取り出すだけなので続きが読みやすい。

 本を取り出す、開く手間などが無くなったので日常のあらゆる隙間時間で本を読むことができるようになった。圧倒的に読書時間が増えた。

 本を持ち運ぶ手間などがない。持っていくのを忘れたり、読み終わった本を持ってきてしまうこともない。

 読めない漢字などは長くタップすると辞書が出て意味や読み方などを教えてくれる。

ー使っていないが、マーカーや付箋をつけることができるー

 本を読んでいる途中でも、ラインなどの連絡がきたときにすぐにわかる。

 出先にいても急に読みたくなった本を読むことができる。

 読みたくなった時にすぐに買うことができる。本屋や図書館などに行く必要がない。

 クリック一つで買うことができる。(ちゃんと「支払いますか」と表示は出る。クリック2回くらいはする。

 シリーズものだと次の本を教えてくれる。そして在庫切れに会うことがない。

 重い本も好きな時にどこでも読める。

 

 

 

電子書籍の悩む点(デメリット)

 書き込みずらい。マーカーを引いたり書き込めなくはないのだが、私が最も使っているデバイススマホでは難しいと感じる。ただ単に使いこなせていないだけかもしれない。ー付箋やマーカーをつけることができるが、個人的にぱっと開いた時にわかりずらいと感じる。あと全体を見てどこに付箋がついているか、どのくらい付箋がついているかがわからないー

 高い。紙の小説だったりするとハードカバーが文庫になったり、古本屋やメルカリで買うことができるが電子書籍は今のところ値段が大体一定。買う場所によって少し違うこともあるが古本屋で買うほどの値段の差はない。

 貸すことができない。もしかしたら方法があるのかもしれないが、気軽に人に貸すことができない点は変わらないと感じる。私のように友達などの本を貸すような関係の人がいなければ問題はない。

 スマホで読むならば誘惑がある。ゲームやユーチューブなど気になるものがある人にはつらい。逆に本を読みたくてたまらない人には問題ではない。

 ラインなどの連絡が来ることがあるので、没頭したい人には邪魔だと感じる。設定で変えることができるが手間がかかる。

 読み終わった本をメルカリなどで売ることができないので、買った金額が少しでも戻ってくることはない。

 電子機器なので目が疲れる、こともあると思う(あまり疲れたと思うことがない

 無料サンプルで読めるところが決まっている。あとがきを読んで買う人にとっては致命的。

 現金で買うわけではないのでいくら使ったかわかりにくい。(支払方法による)

  データなので何かしら問題があったら見れなくなる可能性がある。

 

 

総合して

 

電子書籍がおすすめだと思う人

・ゲームやユーチューブより本が読みたい

・連絡などもすぐに返したい、すぐに知りたい

・どこでも本を読みたい

・隙間時間を有効に使いたい

・本屋に行くのが面倒くさいけど本を読みたい

・すぐに買って読みたい

と思っている人

 

紙の本のほうがいいと思う人

・本を貸したい

・お金を節約しながら本を読みたい

・本だけに没頭したい

・書き込みたい

・あとがきを読んで買うか決めよう

・絶対に手元に置いておきたい、一生大事にする

・出版停止、回収になることが予想できるから現物として持っておきたい

と思っている人

 

もちろん小説や参考書など用途によって使い分けることもできる。

 

 

・その他感想

 

個人的な一番のメリットはどこでも本を読めることだった。当初は電車で読むことを目的としていたが、電子書籍にしたことで考えられなかった場所で読むことができるようになった。特に駅のホームや友達を待っている数分の時間は短すぎて、本を出すにしてもしまうにしても時間がかかるので読もうとは思わなかった。スマホにしたことでカバンでなくポケットから取り出して戻すだけなので、本当に楽でよく読むようになった。

 

個人的な一番のデメリットはクリック一つで買うことができるので、よく読むようになった代わりにお金がすぐに無くなること。買った満足感はすごくあるし、本を買わなくても別の何かに使われるだけなのでいい使い道だとは思うが、請求がつらい。紙の本でも変わらない人は変わらないと思うが、私は現金を払ったりまとめて買うと心理的にハードルが出来て買いすぎることが無かった。でも沢山本を読むようになってよかったと思う部分でもある。

 

 

色々自分が思うメリット・デメリットを挙げてみたが、人によって本当にメリットがデメリットになったり、デメリットがメリットになったりすると思う。kindleだったり、他の電子書籍用の端末によってもメリット、デメリットは変わると思う。これらのことを調べなければいけないこともデメリットだと感じる人は多いと思う。ちょっと面倒くさい反対に参考書なども電子機器を使いこなしたり、新たな機能を発見することが好きな人にはメリットに感じる部分だと思う。

 

なので少しでも気になるなら買ってみることをお勧めする。百聞は一見に如かずとも言われている通り、体験してみることが一番いいと思う。無料サンプルもあるので体験はしやすいと思う。(私は無料サンプル部分では特にいいと思わなかった人なので、一冊買ってみることが一番わかりやすいかと思う

 

挑戦するコツは電子書籍で買う本に過度な期待をしないこと。「体験してみよう」くらいの気持ちだったら思っていたより多くのメリットに出会えると思うし、客観的に自分が電子書籍に合っているかどうか決めることができると思う。

 

 

 

今の自分がメリットだと思っていることなので、今後変わったりもっとメリットだと思うことが増えるかもしれない。その時は加筆修正していきたい。

 

 

迷っている誰かの背中を押すきっかけになれたら嬉しいです

 

『魍魎の匣』 ネタバレあり感想1

前回の姑獲鳥の夏に続けてすぐに読んでしまった本。

 

 

 

感想を書こうと思ってみたら匣がパソコンの予測変換に出なかった。私のパソコンが知らないのか、あまり使われていないからなのか。普段使わない漢字はすぐに変換されるのに見たことあるような漢字が入っていないのはなぜか。このせいで本当に読み方があっているのか自分を疑うことになった。

ただ電子書籍だったので該当部分をなぞると辞書が出て、読み方や意味などを教えてくれた。パソコンのおかげで更に電子書籍のいい部分を見つけることができた。塞翁が馬ということなのか、電子機器に馬鹿にされているのか。

 

 

魍魎の匣始まりは楠本頼子がいかに柚木加菜子が好きであるかについて語られていた。喫茶店に入るのが校則違反らしいがそこに入り浸って非行をしている気分になっているのは少し微笑ましかった。生まれ変わりだったり転生だったり少し突飛な話を頼子ちゃんは信じていた。思春期の少女が二人で転生だとか生まれ変わりだとか信じているのはかわいいと思う。こういった描写は少し前の時代設定だからこそ生々しく感じる気がする。勝手な偏見かもしれないが、少し前の時代設定だと実際にありそうと思ってしまう。しかし現代だと狂っている人として強調されてしまう気がする。二人で湖へ出かける途中で加奈子ちゃんが電車に轢かれる。

頼子ちゃんの加菜子ちゃんへの信仰のようなものが語られた後だと頼子ちゃんが突き落としたのではないかと思う。こういった話はよく見る気がする。

 

そこでこのシリーズの主要人物である木場が出てくる。

 

正直この木場刑事は苦手な人物だ。ドラマの中でも犯罪捜査ものが好きでよく見ている身からすると、木場の独断だったり被害者に対する態度だったりが話がねじれるポイントに見えてしょうがない。正義感を持っているいい人なのかもしれないが、単純に自分からすると苦手と思ってしまうタイプなのだと思う。

 

自殺なのか事件なのかはっきりしない事件に木場刑事はかかわっていく。加菜子の容体がよくないまま保護者である人達が出てきた。弁護士の増岡と保護者の雨宮と姉の柚木陽子が出てくる。この陽子が木場が恋のような思いを抱いている美波絹子という元女優であった。加菜子が違う場所に移されるところで場面が変わる。

弁護士の増岡さんは弁護士への嫌な偏見をまとめた人過ぎて面白かった。こんなテンプレみたいな弁護士居たらすごい。 読み進めていく時には嫌な人だなと思っていたら最後で印象が変わってよかった。

 

展開が変わって関口君目線になった。久保という新しく出てきた作家に少し馬鹿にされたように言われて、なんとも言わずにスルーするところが京極堂にいいように言われる理由なのではないかとも思う。ここで二足のわらじを履いている雑誌がわかる。そこの鳥口君が持ってきた話題が今回いい感じに絡まる。小説家と少しグレーな雑誌の掛け持ちは普通にカッコイイと思う。鳥口君と敦子ちゃんとバラバラ殺人を調査している最中に木場刑事と偶然怪しい建物で会う。みるからに怪しい感じがしていていかにも調べてくださいと言わんばかりの状況だった。誰でも調べたくなる状況で記者と編集者と作家がいる状況は致命的すぎると思う。見つかったらやばい人達に見つかって施設の人が可哀想になるくらいの人選でしかない。

 

途中途中の頼子ちゃんが抱くお母さんへの思いが色々ひどいと思っていたのだけれど、そのお母さんは宗教にハマっていた。どちらも悲惨だと思う。頼子ちゃんはもはや空想を信じているような感じになっている気がする。加菜子ちゃんを突き落とした犯人について福本巡査に相談するのだけれど、この巡査はまるまる木場刑事に投げる。福本巡査が単純にいい人過ぎて何か裏でもあるんじゃないかと思っていたけど最後まで少しヘタレだけどいい人だった。その木場刑事がなんやかんや手伝って美馬坂近代医学研究所まで行く。そこで管に繋がれた加菜子ちゃんとあってその後加菜子ちゃんが誘拐される。ミステリー好きとしては「密室のような状況で消える被害者」のトリックがとても気になる。うろたえている作中の人物と対照的に私はサッカーの試合でゴールを決めたような高揚感で読んでいった。ミステリー好きの何割かは同じ気持ちになった部分だと思う。

 

関口君サイドでは鳥口君と京極堂が出会う。なんだかんだ盛り上がる鳥口君と京極堂をよそについていない関口君。ここで私の学生時代の嫌な思い出が蘇るが、京極堂は馬鹿にしながらもちゃんと解説してくれる。優しい。馬鹿にされるのもいい扱いとは言えないのだが本当につらいのは無視されることだ。その点鳥口君と京極堂はとても優しい。変なところで感動した。鳥口君が持ってきた宗教団体と久保が繋がった。

 

 

 

 

全然文章が書けないので感想を分割することにした。読んでいる時に色々思うことはあるのだけれど、それをいざ表そうとするとこうも難しいのかと悩みながら書いている。前の姑獲鳥の夏はなんであんなに書けたのか。誰に紹介するでもない感想だからあらすじなどは書いていないのだが、付け足したほうがいいのか迷う。

 

魍魎の匣は「はこ」だけだと変換されないのに「もうりょうのはこ」で変換を掛けると出てくる。もっと早くに知りたかった。

 

 

 

京極堂シリーズ読み始めた 「姑獲鳥の夏」ネタバレあり感想

ネタバレあり!

 

 

 

 

元々ミステリーが好きでよく読んでいた中で、おすすめを調べると必ずと言っていいほど京極堂シリーズが入っていた。そのたびにあらすじと内容的に「自分には合わないかな~」とスルーしていた。しかし最近民族的な話に興味が出たので「よし読んでみるか」と重い腰を上げてApple Booksの電子書籍を買った。電子書籍は思い立ったらすぐ買えるところが非常に良い。読むことに躊躇していた理由の一つにシリーズ一作目が1994年に刊行されていることで、少し古いのではないかと感じてしまっていたことがある。ただこのシリーズが2019年にも出ているとのことで最近まで続いているのかとさらに気になった。

 

軽くシリーズを調べてみたところどのサイトや感想のレビューでも最初から読むことを勧めているので、素直に「姑獲鳥の夏」を買った。考察などの難しいことはわからないので素直な感想を書こうと思う。

 

 

姑獲鳥の夏電子書籍の最初からなんか凝ったシリーズの案内があって少しテンションが上がった。最初にうぶめの紹介や妖怪の絵などがあって「この演出好き~!!」となった。もっと早くに読めばよかった。とりあえずシリーズの名前にもなっている京極堂はすぐに出てきた。ははあこれが京極堂なのかと読んでいった。

現代社会の文体?書き方?に普段多く触れているが、この小説のように漢字がたくさん使われている文の方がとても落ち着く。戦後10年から20年ほどたった頃が舞台らしいので雰囲気を出すためかもしれないが最近の文はカタカナだったり平仮名が多いと思っていたので余計に落ち着くと感じた。未だに中二病から回復していないので、難しい漢字はそれだけで何となくかっこいいと思ってしまう心が残っているから、なのかもしれないが。

30ページあたりから宗教や口碑伝承の話が出てきた。昔の私なら楽しめなかった部分だと自分の成長を感じた。難しい知識でぶん殴られる感じはとてもよかった。本を読むときの幸せはこれなのかもしれない。自分の知らなかった世界や界隈に興味が出てくる感じは何とも表せない喜びだと思う。「へえー知識がすごいなあ」と読みながら次は宗教についての本を読もうか、次のシリーズにしようかと読み進めているときが楽しい。

 

詠み進めていくとこのシリーズのワトソン的立ち位置(だと思っている)関口君が精神が弱いことがしっかりと伝わってくる。ここら辺の描写もすごい。『関口君は精神が弱い』と簡単にまとめてしまえる内容なのだが、まとめてあるだけあって説得感や納得感は薄い。これを関口君の目線で地の文が綴られていることによって説得感と納得感やリアリティがこれでもかと主張してくる。今にして思えばこれが伏線かと書いていてやっと気づいた。振り返ることでわかる伏線すごい好き。序盤あたりでこの作品の話題の中心となる事件の当事者が京極堂と関口君の知り合いだとわかる。

 

榎木津という探偵も出てきた。軽く調べた時にシリーズの主要人物だと知った。榎木津君はとても綺麗らしい描写が多く出てくる。文にある描写からどんな顔なんだろうと想像している時も楽しい。榎木津君は私の想像の中ではアニメ的な描写がされている。関口君はいらすとやの猿だ。作中で猿と呼ばれているたびにいらすとやの様々な種類の猿が脳裏によぎって面白い。京極堂はいまだにぐるぐるとイメージが変わってそれもまた楽しい。榎木津君は人には見えないものが見えるらしいが作中の説明ではよくわからなかった。共感覚の一種なのだろうか。世の中には数字に色がついて立体的に見えたり、音楽が聞こえてくる人がいると聞く。榎木津君もそれの一種なのか、それとも本当にSF(すこしふしぎ)な能力なのだろうか。もしかしたら本文で言及されていたかもしれないが、私ははっきりと区別されていなかったように感じた。特殊な能力だったとしたら少しファンタジーっぽくなってしまうと思うが、この能力によって毎回の事件の不思議感だったり現実にありえない感じが肯定されるのだろうか。ファンタジーによってファンタジーが補強されるというのは面白い。実際にはまやかしや魔法などではなく説明がつくことであると解説されるが榎木津君の存在によってもしかしたら…と思える。のかな?

 

 

まあなんだかんだあって「憑き物落とし」が行われると同時にトリックや事件について解決する。一番すっきりする場面だ。当事者というか被害者である関口君の先輩は頭がおかしい人であったことが判明する。京極堂、関口君、榎木津君と見てきた私は「ああやっぱり変人の知り合いは変人なんだ」と納得した。こんだけの変人に囲まれていたんならそりゃそうかと思う。別に犯罪でもないから変人の枠に入る程度だと思う。トリック自体は「うーん成立するようなしないような、でも別に矛盾はしてないし」と微妙な気分になった。いやさすがに誰か気づいたり使用人の人が言っちゃわない?と思うがそこがミソなのかもしれない。でも死体が腐敗しないから次第にオブジェのように見えてくるのかもしれない。このもやもや感も含めて面白かった。集団で見えない、ということもそこまでの知識がないからそう思うだけなのかもしれない。少し前に海外ドラマの「クリミナルマインド」を見た時に脳の機能によっていない者が見えたりすることを知ったので、ならば逆に見えないこともあるのだろうと思う。しかし部屋に入った三人が三人とも見えないなんてすごい偶然だと思う。宝くじの一等に3回連続で当たるくらいすごいことなのではないかと思う。

ここで終わりかと思ったら、まだあった!終わってしまったと思っていることがまだ残っていると嬉しくなる。

あらゆる伏線が回収されて点と点が繋がる感じは楽しい。そのすっきり感が好きでミステリーをよく読んでしまう。姑獲鳥も母も伏線だった。涼子さんが少しかわいそうになった。一つ一つが積み重なってこの事件が起きたんだと一つだけの要因でないことがリアルに感じられてよかった。起こるべくして起こってしまった事件だったし、一つをどうにかすれば助かったのにということもない。何ともみんなかわいそうな事件だった。

 

結果的に次の「魍魎の箱」も続けて読んでしまったし、次の日には「狂骨の夢」も読んだ。読むのが楽しいシリーズができてよかった。シリーズ物はでかいアイスクリームのように、確実に美味しいと思えるものが沢山あってワクワクする。でかいアイスクリームを食べる時のように、まだある、まだ沢山美味しいアイスが残っていると思いながら次の日になる感じがたまらない。

 

ちゃんと読んだ本を感想に表すことはしてこなかったのでもっと文をうまく書けるようになりたいと思いつつ読書ノートのようにしていきたい。

 

 

 

 

 

京極堂シリーズはずっと電子書籍で買っていたのだが先日ふと本屋に立ち寄った際に気になって見てみた。「鉄鼠の檻」が分厚すぎて二度見した。むしろ読みづらくなっているのではないかと思うが、どうなんだろう。「鉄鼠の檻」だけは分割してあるものか電子書籍の方が読みやすいのではないかと思う。一つにまとまっているものが「鉄鼠の檻」までしかなかったのだが他にも同じかそれ以上の本があるのだろうか。大型書店に行った際には確認してみたい。